丸棒矯正機設計図事件:設計図の著作物性

平成4年4月30日判決 昭和61年(ワ)第4752号 損害賠償等事件
大阪地裁6部(庵前重和裁判長,長井浩一裁判官,辻川靖夫裁判官)
百選[4版]8事件,中山78頁,高林60頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告従業員が,原告の発意に基づき,職務上作成した丸棒矯正機の設計図に関し,被告が類似する丸棒矯正機の設計図を作成し,同設計図に基づき丸棒矯正機を製作して販売したところ,原告が,原告図面は著作物であり,被告の行為が著作権を侵害するとして,(1) 原告図面の複製の停止,(2) 原告図面と寸法,形状において一致する丸棒矯正機の製作の停止,(3) 原告図面と寸法,形状において一致する図面の廃棄を請求し,また,著作権侵害又は企業秘密を不正に入手して使用する不法行為として損害賠償を請求した。
  • 被告図面は原告図面を複製したものかについて
    • 「複製とは原著作物を有形的に再製するものである…ところ,再製とは,必ずしも原著作物と全く同一のものを作り出す場合に限られず,多少の修正増減があっても,著作物の同一性を変じない限り,再製にあたると解されるが,…被告設計図中に原告本件設計図と同一性を有する設計図が存することを認めるに足りる証拠もない。」
    • 「しかしながら,(原告図面の)…各フレームの外形寸法…,ステーシャフト受入部分の中心とフレーム外面との距離,中心間距離及び内寸,油溝部分の寸法,ボルト孔の位置の寸法等…は,クラウンフレームとベッドフレームの基本的構造に関するものであり,そうした基本的構造の寸法は,それだけでも,原告設計担当者らの機械工学上の技術思想を表現した面を有し,その表現内容(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)には創作性があると認められる。」
    • (被告図面は原告図面の)「右基本的構造に関する表現(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)をそのまま引用したものであり,同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという事情によって説明しうる範囲を超えているから,…部分的に複製したものであり,原告が各設計図の右指摘部分について有する複製権を侵害する。」
    • (その余の部分について複製を否定)
  • 設計図に基づく機械の製作が設計図の複製になるかについて
    • 著作権法において,『複製』とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいう(著作権法2条1項15号)のであり,設計図に従って機械を製作する行為が『複製』になると解すべき根拠は見出し難い。原告は,それに基づいて製作することが予定されている設計図については,複製に建築に関する図面に従って建築物を完成することを含む旨規定する著作権法2条1項15号ロを類推適用すべきである旨主張する。しかしながら,右規定は,思想又は感情を創作的に表現したものであって学術又は美術の範囲に属するものであれば,建築物はそれ自体が著作物と認められる(著作権法10条1項5号)から,それと同一性のある建築物を建設した場合はその複製になる関係上,その建築に関する図面に従って建築物を完成した場合には,その図面によって表現されている建築の著作物の複製と認めることにするものであるが,これに対して,原告矯正機の如き実用の機械は,建築の著作物とは異なり,それ自体は著作物としての保護を受けるものではない。」
  • 企業秘密の不正入手・使用を理由とする不法行為責任の成否について
    • 「原告本件設計図は,原告の長年にわたる独自の研究開発の成果に基づいて作成されたものであり,そこに示された各部の形状や寸法は,原告の事業活動に有用な技術上の情報であり,昭和62年当時においては,原告丸棒矯正機と同型の機械は二台製造販売したのみであり,パンフレット等の公表物から容易に知りうる外形の形状を除けば,公然知られていないものであった…。/後発のメーカーが先発メーカーの製品を参考とすることは当然のことであり,そのために,公表された資料を収集分析する他,自ら適法に入手した製品を分解して各部の形状,寸法を測定したり,先発メーカーの製品を購入使用している第三者の許諾を得て,各部の形状,寸法を測定することも原則として適法な行為であると解される。」
    • 「しかしながら,被告は,そのような手間や費用をかけることをせずに…,被告の設計担当の従業員…が,原告と共通の外注先において原告矯正機の部品を加工中であることを奇貨として,右外注先において(原告図面を)原告に無断で調査し,記入された寸法を写し取り,前記指摘の部分においてそのまま引用して(被告図面を)作成し,これらの資料を参考に(設計図を)完成し,その設計図に基づき被告矯正機を製作,販売したものであり,このような手段によって他企業の製品についての公然知られていない情報を入手し利用することは,企業間の自由競争の限界を逸脱し違法と解され,故意により原告の財産上の権利を侵害して損害を発生させたものであるから,不法行為を構成する。」