パックマン事件:ビデオゲームと映画の著作物

昭和59年9月28日判決 昭和56年(ワ)第8371号 損害賠償請求事件
東京地裁(牧野利秋裁判長,飯村敏明裁判官,高林龍裁判官)
無体裁集16巻3号676頁,判時1129号120頁,判タ534号246頁,百選[4版]11事件,中山84頁,高林63頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告は,ゲーム「パックマン」の著作権者であるところ,被告らが,その経営する都内の喫茶店において,「パックマン」の無断複製ゲーム機(被告らは,過失によりこれが無断複製品であることを知らなかった。)を設置してこれを上映していたため,原告が,被告らに対し,被告らの上記行為は映画の著作物たる「パックマン」の著作権(上映権)を侵害するとして,損害賠償を求めた。
    • 被告らは,「パックマン」は映画の著作物には該当しないと主張した。
  • 「映画の著作物」の要件
    • 本来的意味における映画以外のものが「映画の著作物」に該当するための要件は,次のとおりである。1.は表現方法の要件,2.は存在形式の要件,3.は内容の要件であるということができる。
        1. 映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されていること
        2. 物に固定されていること
        3. 思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものであること(=著作物であること)
    • 1. 表現方法
      • 「表現方法の要件は,前記1.のとおりであるが,そこでは,『視覚的又は視聴覚的効果』とされているから,聴覚的効果を生じさせることすなわち音声を有することは,映画の著作物の必要的要件ではなく,視覚的効果を生じさせることが必要的要件であると解される。」
      • 「映画の視覚的効果は…著作権法は『上映』について『映写幕その他の物』に映写することをいうとしている(第二条第一項第一九号)から,スクリーン以外の物,例えばブラウン管上に影像が顕出されるものも,許容される。したがつて,映画の著作物の表現方法の要件としては,『影像が動きをもつて見えるという効果を生じさせること』が必須であり,これに音声を伴つても伴わなくてもよいということになる。」
      • 「右に述べた要件は,映画から生じるところの各種の効果の中から,『視覚的効果』と『視聴覚的効果』とに着目し,そのうち特に『視覚的効果』につき,これに類似する効果を生じさせる表現方法を必須のものとしたものであるから,『映画の著作物』は本来的意味における映画から生じるその他の効果について類似しているものである必要はないものと解される。」
      • 「したがつて,現在の劇場用映画は通常観賞の用に供され,物語性を有しているが,これらはいずれも『視覚的効果』とは関係がないから,観賞ではなく遊戯の用に供されるものであつても,また,物語性のない記録的映画,実用的映画などであつても,映画としての表現方法の要件を欠くことにはならない。
      • 「なお,本来的意味における映画の影像は,現在のところ,視聴者の操作により変化させることはできないが,影像を視聴者が操作により変化させうることは,『視覚的効果』というべきものではないから,この点は,表現方法の要件としては考慮する必要がないものと解される。」
    • 2. 存在形式
      • 「映画の著作物は『物に固定されていること』が必要である。」
      • 「『物』は限定されていないから,映画のように映画フイルムに固定されていても,ビデオソフトのように磁気テープ等に固定されていてもよく,更に,他の物に固定されていてもよいと解される。」
      • 「また,固定の仕方も限定されていないから,映画フイルム上に連続する可視的な写真として固定されていても,ビデオテープ等の上に影像を生ずる電気的な信号を発生できる形で磁気的に固定されていてもよく,更に,他の方法で固定されていてもよいと解される。」
      • 物に固定されているとは,著作物が,何らかの方法により物と結びつくことによつて,同一性を保ちながら存続しかつ著作物を再現することが可能である状態を指す…。」
    • 3. 内容(省略)
    • 4. 上映権と頒布権が認められていることから,映画の著作物の範囲を限定する必要があるか。
      • 著作権法が,劇場映画とは全く取引実態を異にするものであつても,映画の著作物に該当する以上,上映権等を認めるとの立場をとつたものと解すべきであることが明らかであり,取引実態が異なることを理由に上映権等を制限したり,映画の著作物に該当しないものとしたりすることは,現行法の解釈としては採用できない…。」
  • あてはめ
    • 1. 表現方法
      • 「『パツクマン』は,テレビと同様に影像をブラウン管上に映し出し,60分の1秒ごとにフレームを入れ替えることにより,その影像を動いているように見せるビデオゲームで…あり,これが映画の著作物の表現方法上の要件である『映画の効果に類似する視覚的効果を生じさせる方法で表現されている』との要件を充足することは…明らかである。」
    • 2. 存在形式
      • 「アトラクト影像及び挿入影像は,…プログラム(命令群)の命令により順次プログラム(データ群)から抽出されたデータがブラウン管上に表示され,その影像はプレイヤーのレバー操作によつて変化することはなく,常に一定の連続した影像として現われる。」
      • 「一方,プレイ影像は,プログラム(命令群)の多種,多様な命令が順次CPUにより読み取られることは…同様であるが,右読み取られた命令が…プレイヤーの操作レバーの操作によつて与えられる電気信号により変化させられて,これによりプログラム(データ群)中から抽出されるデータの順序に変化が加えられる。…しかしながら,プレイヤーが操作レバーを全く操作しなかつた場合には,常に同一の連続した影像がブラウン管上に映し出されるし,理論上は,プレイヤーが同一のレバー操作を行なえば常に影像の変化は同一となる。また,いかなるレバー操作により,いかなる影像の変化が生ずるかもプログラムにより設定されており,したがつて,プレイヤーは絵柄,文字等を新たに描いたりすることは不可能で,単にプログラム(データ群)中にある絵柄等のデータの抽出順序に有限の変化を与えているにすぎない。
      • 「そうすると,アトラクト影像は,挿入影像及びプレイ影像のいずれについても,プログラム(データ群)中から抽出したデータをブラウン管上に影像として映し出し再現することが可能であり,その意味で同一性を保ちながら存続しているといいうる。」
      • 「以上によれば,『パツクマン』のブラウン管上に現われる動きをもつて見える影像は,ROMの中に電気信号として取り出せる形で収納されることにより固定されているということができる。」
    • 3. 内容(省略)
    • 以上認定したとおり,「パツクマン」は映画の著作物に該当する。