YOL事件控訴審:創作性(記事見出しの著作物性)

平成17年10月6日判決 平成17年(ネ)第10049号 著作権侵害差止等請求控訴件
知財高裁4部(塚原朋一裁判長,田中昌利裁判官,佐藤達文裁判官)
百選[4版]4事件,中山39頁,高林35頁
判決全文

  • 原告・控訴人(読売新聞社)は,運営するヨミウリ・オンラインの記事見出しをYahooニュースに有償で提供している。被告・被控訴人は,Yahooニュースの記事を選択し,自身のウェブサイト上でYahooニュースへのリンクを張り,そのタイトルを上記記事見出しと同一又は実質的に同一なものとして記載し,また,自身のサービスの登録ユーザーのサイト上にも,上記リンク及び見出しが表示できるようにした。原告が,ヨミウリ・オンラインの見出しについて著作権(複製権,公衆送信権)の侵害を主張し,また,被告の行為を不法行為として,見出しの複製等の差止め及び損害賠償を求めた。なお,控訴審で記事の複製権の侵害,不正競争法2条1項3号の不正競争行為等の主張を追加した。
  • 見出しの著作権侵害との主張について
    • 「一般に,ニュース報道における記事見出しは,報道対象となる出来事等の内容を簡潔な表現で正確に読者に伝えるという性質から導かれる制約があるほか,使用し得る字数にもおのずと限界があることなどにも起因して,表現の選択の幅は広いとはいい難く,創作性を発揮する余地が比較的少ないことは否定し難いところであり,著作物性が肯定されることは必ずしも容易ではないものと考えられる。/しかし,ニュース報道における記事見出しであるからといって,直ちにすべてが著作権法10条2項に該当して著作物性が否定されるものと即断すべきものではなく,その表現いかんでは,創作性を肯定し得る余地もないではないのであって,結局は,各記事見出しの表現を個別具体的に検討して,創作的表現であるといえるか否かを判断すべきものである。」
        1. 「マナー知らず大学教授,マナー本海賊版作り販売」との見出しについて)上記のような対句的な表現は一般に用いられる表現であって,ありふれた表現の域を出ないのであり,著作物として保護されるような創作性があるとは到底いうことができない。
        2. 「A・Bさん,赤倉温泉でアツアツの足湯体験」との見出しについて)「A・Bさん,赤倉温泉で足湯体験」という部分は,客観的な事実関係をそのまま記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない上,「アツアツ」との表現も普通に用いられる極めて凡俗な表現にすぎない。そして,「アツアツ」という一つの言葉から,仲睦まじい様子と湯に足を浸している様子の双方が連想されるとしても,そのような表現も通常用いられるありふれたものであるといわざるを得ない。
        3. 「道東サンマ漁,小型漁船こっそり大型化」との見出しについて)「道東サンマ漁,小型漁船大型化」という部分は,客観的な事実関係をそのまま記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない上,「こっそり」との表現も普通に用いられる表現にすぎない。記事本文に登場しない「こっそり」という言葉を用いて,記事の背後にある社会的事象に対する記者自身の印象を伝え,また,小型漁船の「ずるさ」を読者に印象付けようとした意図したものであるとしても,そのこと自体は,アイデアの域を出ないものであって,見出しの表現が著作物として保護されるための創作性を有するとはいえない。
        4. 「中央道走行車線に停車→追突など14台衝突,1人死亡」との見出しについて)「中央道走行車線に停車」,「追突など14台衝突,1人死亡」という部分は,客観的な事実関係をそのまま羅列して記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない。インターネットウェブサイト上の記事見出しにおいては,以前から,記事見出しの中に「=」,「−」,「…」などの各種記号を用いてする表現は,広く多用されているものと認められ,特段の創作性が認められるわけではない。
        5. 「国の史跡傷だらけ,ゴミ捨て場やミニゴルフ場…検査院」との見出しについて)「国の史跡」,「ゴミ捨て場やミニゴルフ場…検査院」という部分は,記事中に存在する名詞を羅列しただけのもので,表現上,特段の工夫もみられない。また,「傷だらけ」との表現も,それ自体が一般的に用いられる表現である上,上記記事が伝えようとする事実からそれほどの困難もなく想起し得るものであって,格別の創作性を見いだすことはできない。
        6. 「『日本製インドカレー』は×…EUが原産地ルール提案」との見出しについて)「日本製インドカレー」,「EUが原産地ルール提案」という部分は,客観的な事実関係をそのまま羅列して記載したもので,表現上,特段の工夫もみられない。一般に「ダメ」であることを表すのに「×」の記号を用いることは極めてありふれている上,インターネットウェブサイト上の記事見出しにおいては,種々の記号を用いてする表現は,広く多用されているものと認められることは既に判示したとおりであり,「×」という記号を用いたことも,上記各種記号を用いることの域を出ないものというべきである。
  • 不正競争防止法違反との主張について
    • 不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」とは,需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様,色彩,光沢及び質感であると解するのが相当であるから,仮に,見出しを模倣したとしても,不正競争防止法2条1項3号における「商品の形態」を模倣したことには該当しない。
  • 不法行為との主張について
    • 不法行為民法709条)が成立するためには,必ずしも著作権など法律に定められた厳密な意味での権利が侵害された場合に限らず,法的保護に値する利益が違法に侵害がされた場合であれば不法行為が成立する。
    • 本件YOL見出しは,控訴人の多大の労力,費用をかけた報道機関としての一連の活動が結実したものといえること,著作権法による保護の下にあるとまでは認められないものの,相応の苦労・工夫により作成されたものであって,簡潔な表現により,それ自体から報道される事件等ニュースの概要について一応の理解ができるようになっていること,見出しのみでも有料での取引対象とされるなど独立した価値を有するものとして扱われている実情があることなどに照らせば,YOL見出しは,法的保護に値する利益となり得るものというべきである。
    • 一方,被控訴人は,控訴人に無断で,営利の目的をもって,かつ,反復継続して,しかも,YOL見出しが作成されて間もないいわば情報の鮮度が高い時期に,YOL見出し及びYOL記事に依拠して,特段の労力を要することもなくこれらをデッドコピーないし実質的にデッドコピーしてLTリンク見出しを作成し,これらを自らのホームページ上のLT表示部分のみならず,2万サイト程度にも及ぶ設置登録ユーザのホームページ上のLT表示部分に表示させるなど,実質的にLTリンク見出しを配信しているものであって,このようなライントピックスサービスが控訴人のYOL見出しに関する業務と競合する面があることも否定できないものである。
    • そうすると,被控訴人のライントピックスサービスとしての一連の行為は,社会的に許容される限度を越えたものであって,控訴人の法的保護に値する利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成するものというべきである。

グルニエ・ダイン事件控訴審:建築物の著作物性

平成16年9月29日判決 平成15年(ネ)第3575号 著作権侵害差止等請求控訴事件
阪高裁8部(竹原俊一裁判長,小野洋一裁判官,長井浩一裁判官)
百選[4版]7事件,中山77頁,高林57頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告・控訴人は,開発した高級注文住宅を建築,販売しているところ,被告・被控訴人が,これに類似した注文住宅を住宅展示場に展示して販売していた。原告は,原告の上記住宅建物が建物の著作物(著作権法10条1項5号)に該当するところ,被告の行為は上記建物を複製又は翻案するものであるとして,被告建物の建築等の差止め,パンフレットの廃棄及び損害賠償を請求した。(原審は,原告の建物は建築の著作物に該当しないとして請求を棄却。なお,写真の著作物,不正競争防止法の主張,営業上の利益を侵害する不法行為の主張については割愛)
  • 建築の著作物に該当するかについて
    • 著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は,同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして,知的・文化的精神活動の所産であって,美的な表現における創作性,すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し,通常のありふれた建築物は,同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。」
    • 「一般住宅の場合でも,その全体構成や屋根,柱,壁,窓,玄関等及びこれらの配置関係等において,実用性や機能性(住み心地,使い勝手や経済性等)のみならず,美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で,設計,建築されるのが通常であるが,一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に,『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは,同法2条1項1号の規定に照らして,広きに失し,社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。」
    • 「そうすると,一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。」
    • 「原告建物は,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回っておらず,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を具備しているとはいえないから,著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない。」

電車線設計用プログラム事件:プログラムの著作物性

平成15年1月31日判決 平成13年(ワ)第17306号 著作権侵害差止等請求事件
東京地裁29部(飯村敏明裁判長,今井弘晃裁判官,大寄麻代裁判官)
判時1820号127頁,判タ1139号269頁,百選[4版]14事件,中山98頁,高林70頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告は,AutoCAD上で作動し,鉄道電気設計及び設備管理用の図面を作成するコンピュータ支援設計製図ソフトプログラム(原告プログラム)を保有し,開発,販売等を行っているところ,被告も,AutoCAD上で作動し,鉄道電気設計及び設備管理用の図面を作成するコンピュータ支援設計製図ソフトプログラム(被告プログラム)を開発,販売等していたことから,原告が,被告の行為は原告が有する原告プログラムの著作権(複製権,翻案権,譲渡権)を侵害するとして,製造等の差止め及び損害賠償を求めた。
    • 被告は,原告が被告プログラムとの類似性を主張する原告プログラム中の部分は,いずれも創作性を有しないなどと主張して争った。
  • 総論:プログラムの創作性の有無及び同一性の判断について
    • 「プログラムは,その性質上,表現する記号が制約され,言語体系が厳格であり,また,電子計算機を少しでも経済的,効率的に機能させようとすると,指令の組合せの選択が限定されるため,プログラムにおける具体的記述が相互に類似することが少なくない。仮に,プログラムの具体的記述が,誰が作成してもほぼ同一になるもの,簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又は極くありふれたものである場合においても,これを著作権法上の保護の対象になるとすると,電子計算機の広範な利用等を妨げ,社会生活や経済活動に多大の支障を来す結果となる。また,著作権法は,プログラムの具体的表現を保護するものであって,機能やアイデアを保護するものではないところ,特定の機能を果たすプログラムの具体的記述が,極くありふれたものである場合に,これを保護の対象になるとすると,結果的には,機能やアイデアそのものを保護,独占させることになる。したがって,電子計算機に対する指令の組合せであるプログラムの具体的表記が,このような記述からなる場合は,作成者の個性が発揮されていないものとして,創作性がないというべきである。」
    • 「さらに,プログラム相互の同一性等を検討する際にも,プログラム表現には上記のような特性が存在することを考慮するならば,プログラムの具体的記述の中で,創作性が認められる部分を対比することにより,実質的に同一であるか否か,あるいは,創作的な特徴部分を直接感得することができるか否かの観点から判断すべきであって,単にプログラムの全体の手順や構成が類似しているか否かという観点から判断すべきではない。」
  • あてはめ
    • 「原告プログラムのメニュー表示部のプログラム記述は,全体として短く,その大部分が,AutoLISP言語で定められた一般的な関数を用いて,簡単な指令を組み合わせたものにすぎない。したがって,原告プログラムは,制作者の個性が発揮された表現とはいえず,創作性がない。/また,原告プログラムのメニュー表示部における処理の流れは,…法10条3項3号所定の『解法』に当たるというべきであって,著作権の保護が及ばない。」
    • 「原告プログラムのキロ行程オフセット値の入力部の記述は,画面上に『…』という文字列を表示した上,ユーザーが入力した実数値を,AutoLISP言語の一般的な関数を用いて,変数に設定するという極めて簡単な内容を,ごく短い構文で表現するものである(から,)…制作者の個性が発揮された表現とはいえず,創作性はない。」
    • 「原告プログラムにおける入力項目として何を用いるかという点は,アイデアであり,著作権法上の保護の対象となるものではない。また,『…』の順序で変数に値を設定するという処理の流れも,法10条3項3号所定の『解法』に当たり,著作物としての保護を受けない。/仮に,原告プログラムの初期設定部の具体的記述に,創作性が生じると解する余地があるとしても,前記認定の原告プログラムの内容に照らして,創作性の範囲は極めて狭いものというべきである。そして,被告プログラムと原告プログラムとは,初期設定部に用いられている構文上の相違によって具体的記述が大きく相違する。被告プログラムの初期設定部の具体的記述は,原告プログラムの初期設定部の記述と実質的に同一とはいえないし,原告プログラムの創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得することもできない。/したがって,原告プログラムの初期設定部について複製権又は翻案権侵害があるとは認められない。」
    • 「シェイプ定義の記述は,AutoCADによって読み込まれる情報を記載した単なるデータであるから,それ自体独立して,『電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令の組み合わせたものとして表現したもの』に当たらないと解する余地もなくはない。しかし,たとえ,当該記述が,独立性がなく,個別的に利用することができないものであったとしても,データ部分を読み込む他のプログラムと協働することによって,電子計算機に対する指令を組み合わせたものとして表現したものとみることができるのであるから,そのような記述も,同号所定のプログラムに当たると解して差し支えない。/そうすると,原告のシェイプ定義の記述は,具体的な記述に創作性がある限りにおいて,著作権法の保護の対象になるというべきである(が,)…原告のシェイプ記述の座標値の記述に,創作性があるとはいえない。」

ホテル・ジャンキーズ掲示板事件控訴審:創作性の高低と保護範囲(インターネット掲示板への書き込みの著作物性)

平成14年10月29日判決 平成14年(ネ)第2887号・第2580号 著作権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件
東京高裁6部(山下和明裁判長,設樂隆一裁判官,阿部正幸裁判官)
百選[4版]6事件,高林25頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 控訴人Aが設置,管理するホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ被控訴人らが,同人らが書き込んだ文章の一部を複製(転載)して書籍を作成し,出版,販売頒布した控訴人ら及び出版社に対し,同人らの行為は被控訴人らが上記文章につき有する著作権を侵害するとして,上記書籍の出版等の中止及び損害賠償金の支払などを請求した。(なお,原審で差止め及び一部の損害賠償請求が任用され,被告出版社は控訴せず。)
  • 原告らの書き込みの著作物性について
    • 「著作物と認めるためのものとして要求すべき「創作性」の程度については,例えば,これを独創性ないし創造性があることというように高度のものとして解釈すると,著作権による保護の範囲を不当に限定することになりかねず,表現の保護のために不十分であり,さらに,創作性の程度は,正確な客観的判定には極めてなじみにくいものであるから,必要な程度に達しているか否かにつき,判断者によって判断が分かれ,結論が恣意的になるおそれが大きい。このような点を考慮するならば,著作物性が認められるための創作性の要件は厳格に解釈すべきではなく,むしろ,表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば足りるという程度に,緩やかに解釈し,具体的な著作物性の判断に当たっては,決まり文句による時候のあいさつなど,創作性がないことが明らかである場合を除いては,著作物性を認める方向で判断するのが相当である。
    • 「ある表現の著作物性を認めるということは,それが著作権法による保護を受ける限度においては,表現者にその表現の独占を許すことになるから,表現者以外の者の表現の自由に対する配慮が必要となることはもちろんである。このような配慮の必要性は,著作物性について上記のような解釈を採用する場合には特に強くなることも,いうまでもないところである。しかし,この点の配慮は,主として,複製行為該当性の判断等,表現者以外の者の行為に対する評価において行うのが適切である,と考えることができる。一口に創作性が認められる表現といっても,創作性の程度すなわち表現者の個性の発揮の程度は,高いものから低いものまで様々なものがあることは明らかである。創作性の高いものについては,少々表現に改変を加えても複製行為と評価すべき場合があるのに対し,創作性の低いものについては,複製行為と評価できるのはいわゆるデッドコピーについてのみであって,少し表現が変えられれば,もはや複製行為とは評価できない場合がある,というように,創作性の程度を表現者以外の者の行為に対する評価の要素の一つとして考えるのが相当である。このように,著作物性の判断に当たっては,これを広く認めたうえで,表現者以外の者の行為に対する評価において,表現内容に応じて著作権法上の保護を受け得るか否かを判断する手法をとることが,できる限り恣意を廃し,判断の客観性を保つという観点から妥当であるというべきである。」
    • 「原判決は,別紙原告記述及び転載文一覧表の原告記述欄…の各記述部分について,同表転載文欄記載の転載文中に,一部分が省略された形で転載されているため,転載された部分ごとに分けて,それぞれ著作物性を判断し,一部分につきその著作物性を否定した。しかしながら,原審の上記判断は,その判断手法自体に問題があるというべきである。まず,被控訴人らは,原告各記述部分の著作物性を主張するに当たり,一次的には,それの属する原告各記述…それぞれの全体が,一個の著作物であり,それの一部として著作物性を有すると主張しているものと理解するのが相当である。そうである以上,著作物性の有無の判断は,まず,これらそれぞれの記述全体について行われるべきである。そして,上記(1)で述べた解釈に照らすと,原告各記述は,一個の記述全体としてみたとき,いずれも記述者の個性が発揮されていると評価することができるから,これに対しては,著作物性を認めるのが相当である…。」
  • インターネット上の書き込みについて格別の配慮を要するかについて
    • 「膨大な表現行為が行われているため全容の把握が困難であること,匿名で行われた場合に表現者の承諾を得るのが困難であること,対価が得られないような程度の内容の表現行為が多く見られることは,インターネット上の書込みに限られず,他の分野での表現についてもいえることであるから,これらの事情は,インターネット上の書込みの著作物性の判断基準を他の表現についてよりも厳格に解釈することの根拠とすることはできない…。…インターネット上の書込みについて,その利用の承諾を得ることが全く不可能というわけではない。また,承諾を得られない場合であっても,創作性の程度が低いものについては,多くの場合,表現に多少手を加えることにより,容易に複製権侵害を回避することができる場合が多いと考えられるから,そのようなものについても著作物性を認め,少なくともそのままいわゆるデッドコピーをすることは許されない,と解したとしても,そのことが,インターネットの利用,発展の妨げとなると解することはできないというべきである。」
    • 「確かに,例えば,他人の名誉を毀損するなど,その内容について法的な責任を追及されるような内容のインターネット上の書込みを匿名でした者が,他方で,その書込みについて権利を主張することが,権利の濫用などを理由に許されないとされる場合があり得ることは,否定できない。しかしながら,そのような場合があり得るからといって,その理屈をインターネット上の書込み一般に及ぼし,およそ匿名で行った書込みについては,内容のいかんを問わず,権利行使が許されないなどど解することができないことは明らかである。」

ファービー事件:応用美術(人形)

平成14年7月9日判決 平成12年(う)第63号 著作権法違反被告事件(1事件),平成13年(う)第177号 各著作権法違反被告事件(2事件)
仙台高裁刑事1部(松浦繁裁判長,根本渉裁判官,春名郁子裁判官)
判時1813号145頁,判タ1110号248頁,百選[4版]15事件,中山143頁,高林42頁
1事件判決全文
2事件判決全文

  • 事案の概要
    • 被告人は,「ポーピィ」という名称の玩具を販売していたところ,「ポーピィ」は,アメリカ合衆国のA社が著作権を有する「ファービー」の容貌姿態を模したものであって,被告人は,「ポーピィ」が,A社の有する著作権を侵害して製造されたものであることを知りながらこれを販売し,A社の著作権を侵害したとして,起訴された。
    • 弁護人は,著作権法は応用美術について,一品制作の美術工芸品に限って著作物に該当するとしているところ,「ファービー」のデザインは,応用美術のうち実用品のひな形に属し,美術工芸品にあたらない,仮に,美術工芸品以外の応用美術が著作物に該当する場合があるとしても,「ファービー」のデザイン形態は,客観的に見て,電子玩具としての産業上の利用を目的に創作され,玩具としての機能を離れて美的鑑賞の対象となるものではないから,著作物にあたらないとして無罪を主張した。
  • ファービー」の形態の著作物性について
    • ファービー」の形態は,物の形態あるいは外観の美的創作であって,著作権法の領域においては,実用品に供されあるいは産業上利用されることを目的として制作される応用美術といわれるものに属する。
    • ベルヌ条約は,本国で保護される応用美術の著作権の保護に関し,その保護の範囲及び保護条件を定める権能を各同盟国の国内法に委ねているから,「ファービー」のデザイン形態が,わが国の著作権法上著作物として保護の対象となるか否かは,わが国の著作権法の解釈にかかる。
    • 「実用品に供されあるいは産業上利用されることを目的として制作される応用美術については,昭和44年当時の著作権法の制定経過や同法が応用美術のうち美術工芸品のみを掲げていることなどを考慮すると,現行著作権法上は原則として著作権法の対象とならず,意匠法等工業所有権制度による保護に委ねられていると解すべきである。ただ,そうした応用美術のうちでも,純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされると認められるものは,美術の著作物として著作権法上保護の対象となると解釈することはできる。そこで,美術の著作物といえるためには,応用美術が,純粋美術と等しく美術鑑賞の対象となりうる程度の審美性を備えていることが必要である。これを本件で問題となっている実用品のデザイン形態についていえば,そのデザイン形態で生産される実用品の形態,外観が,美術鑑賞の対象となりうるだけの審美性を備えている場合には,美術の著作物に該当するといえる。」
    • ファービー」のデザイン形態は,「顔面の額に光センサーと赤外線センサーのための扇形の窓が設置され,額から眼球周辺及び口周辺にかけては一体成型のための平板な作りとなっており,目,口は球状のものが三角形上に3つ配置され,眼球及び口が動くため,その周囲が丸くくりぬかれて隙間があり,左右の眼球を連結する軸を隠すように,両目の間に半円形に隆起した部分があり,美感上重要な顔面部分に玩具としての実用性及び機能性保持のための形状,外観が見られ,また,刺激に反応して目,口,耳が動くことを感得させるため,それらが大きくされていることが認められる。」
    • 「このように,『ファービー』に見られる形態には,電子玩具としての実用性及び機能性保持のための要請が濃く表れているのであって,これは美感をそぐものであり 『ファービー』の形態は,全体として美術鑑賞の対象となるだけの審美性が備わっているとは認められず,純粋美術と同視できるものではない。」
    • 「以上のとおりで,本件『ファービー』のデザイン形態は,著作権法2条1項1号に定める著作物に該当しない…。」

ふぃーるどわーく多摩事件:地図の著作物性

平成13年1月23日判決 平成11年(ワ)第13552号 著作権に基づく損害賠償等請求事件
東京地裁46部(三村量一裁判長,村越啓悦裁判官,中吉徹郎裁判官)
判時1756号139頁,百選[4版]10事件,中山82頁,高林60頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告は歴史研究者であるが,新選組に関する史実,人物に自己の感想を付し,多摩地方の史跡・資料館等巡りを通して照会した「ふぃーるどわーく多摩」という書籍(原告書籍)を著作・出版した。被告らは,「土方歳三の歩いた道ー多摩に生まれ多摩に帰る」という書籍(被告書籍)を出版したが,その作成に際し,原告書籍を参照し,かつ,甲州の史跡に関して原告の執筆した原稿(原告原稿)を一部使用した。被告書籍の作成に先立ち,原告被告間に交渉があったが,合意の内容については争いがある。
    • 原告は,被告書籍が原告書籍及び原告原稿の一部を複製したものと主張して,出版等差止め,損害賠償その他を請求した。
    • なお,原告書籍中に複数の地図及び見取図が存在しているところ,被告は原告書籍が全体として著作物性を有することを認めながらも,地図が著作物性があるというには,都市の存在,名称,交通施設の状態など,自然科学的,準自然科学的情報の取捨選択について創作性が認められる必要があるとし,被告書籍中の地図は,その表現形式に(原告書籍中の地図とは異なる)独自の考慮を用いているから,(原告書籍中の地図が創作性を有するとしても)原告書籍中の地図を「複製」したとはいえないと主張した。(地図の著作物性以外の争点は省略)
  • 地図の著作物性について
    • 「一般に,地図は,地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するものであって,個性的表現の余地が少なく,文学,音楽,造形美術上の著作に比して創作性を認め得る余地が少ないのが通例である。それでも,記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては,地図作成者の個性,学識,経験,現地調査の程度等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表われ得るものということができる。そして,地図の著作物性は,右記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して,判断すべきものである。」
    • 「そこで,[原告書籍中の]地図について検討すると,例えば…『竜源寺』の地図では,全体の構成は,現実の地形や建物の位置関係がそのようになっている以上,これ以外の形にはなり得ないと考えられるが,読者が最も関心があると思われる『近藤勇胸像』や『近藤勇と理心流の碑』等を,実物に近い形にしながら適宜省略し,デフォルメした形で記載した点には創作性が認められ,この点が同地図の本質的特徴をなしているから,著作物性を認めることができる。他方,たとえば…『関田家及び大長寺周辺』の地図などは,既存の地図を基に,史跡やバス停留所の名前を記入したという以外には,さしたる変容を加えていないので、特段の創作性は認められない。」

版画写真事件:写真の著作物(平面物の撮影)

平成10年11月30日判決 昭和63年(ワ)第1372号 損害賠償請求事件
東京地裁47部(森義之裁判長,榎戸道也裁判官,中平健裁判官)
知的裁集30巻4号956頁,判時1679号153頁,判タ994号258頁,百選[4版]12事件,中山91頁,高林25頁
判決全文

  • 事案の概要
    • 原告会社は,原告Aが撮影した版画の写真が掲載されている雑誌「版画藝術」を出版している出版社であるところ,原告らは,かつて「版画藝術」の編集に携わっていた被告Aが著作し,被告会社が出版した「版画事典」に,上記「版画藝術」中の写真が掲載されており,写真の著作権(複製権)を侵害するとして,被告らに対し,損害賠償を求めた。
    • 被告らは,本件写真は平面的な版画をできるだけ忠実に再現したものであるから,思想又は感情を創作的に表現したものではないとして,著作物該当性を争った。(版画の写真のほか,作家のポートレイト写真の著作権,記事及び図面の著作権及び編集著作権も問題になっているが,省略する。)
  • 版画の写真の著作権
    • 「本件写真は,原作品がどのようなものかを紹介するために版画をできるだけ忠実に再現することを目的として撮影された版画全体の写真であること,これらの対象となった版画は,おおむね平面的な作品であるが,(一部)については凹凸の部分があること,版画をできるだけ忠実に再現した写真を撮影するためには,光線の照射方法の選択と調節,フィルムやカメラの選択,露光の決定等において,技術的な配慮をすることが必要であること,が認められる。」
    • 「ところで,本件写真のように原作品がどのようなものかを紹介するための写真において,撮影対象が平面的な作品である場合には,正面から撮影する以外に撮影位置を選択する余地がない上,右認定のような技術的な配慮も,原画をできるだけ忠実に再現するためにされるものであって,独自に何かを付け加えるというものではないから,そのような写真は,『思想又は感情を創作的に表現したもの』(著作権法二条一項一号)ということはできない。
    • 「原告らは,平面的な作品を撮影する場合であっても,原画の芸術的特性を理解して,それを表現することが不可欠である旨主張し,本件写真の個々の作品について,原画の芸術的特性やそれを表現するために工夫した点について主張しており,(人証)は,平面的な作品を撮影する場合であっても原画の芸術的特性を理解して,それを表現することが必要である旨供述(する)が,そのようなことがあったとしても,それは,原画をできるだけ忠実に再現するためのものであると認められ…右認定を覆すに足りるものではない。」
    • 「また,右認定のとおり,本件写真の撮影対象には,完全に平面ではなく,凸凹があるものがあるが,…それらの凸凹はわずかなものであり,それがあることによって撮影位置を選択することができるとも認められないから,これらの完全に平面ではない作品を撮影した写真についても著作物性を認めることはできない。」